今治城
今治城は「いまばりじょう」と読みます。なかなか読めないですよね〜〜愛媛県今治市通町にあったお城の名前です。昔の名前では伊予国越智郡今治という地名となります。今治城は1602年に築城がはじめられまして、2年後の1604年にできあがったお城です。3重となっている堀に海水を入れるという特殊な構造をとっているお城です。今治は海上の交通の主要な場所となっていましたので、このように海水を使った仕組みをとっていたのだそうです。日本三大水城のうちのひとつとなっています。お城の魅力ってなんなのでしょうか?お城をみにいくのが大好きなのですが、今から何百年も前にお城が建てられたことに感動することがあります。当時の人は何を思って作ったのか?何人の人の苦労でお城が出来上がっていったのか?などを考えていくと、人間の持つ力っていうのは無限に近いんだろうな?っていう想いになってくるんですよね。
城門が9ヶ所、櫓が20ヶ所にもおよんでいるとても大きなつくりとなっていました。すごいっすよなー。高虎が伊勢国津城に移封となった1609年に天守が移動となって丹波国亀山城へいったと言い伝えがあるようです。今治領2万石は飛び地になりました。その後は明治維新までの期間において今治藩の久松松平の居城として使われることとなっていきました。松平定房は伊勢国長島城からきて今治城にすんだということです。そんな今治城なのですが、今は内堀と石垣がのこっている状況のようです。鉄筋コンクリートによりまして5重6階の天守が1980年につくられています。天守の頂上からはしまなみ海道来島海峡大橋をみわたすことができるようです。
今治市について
今治市の位置ですが、愛媛県内の北東にあります。今治市は焼き鳥や造船などで有名となっているのだそうだ。愛媛県内では松山市について人口が多い都市となっています。そんなに人口が多い市とは知りませんでした。広島県尾道市とは西瀬戸自動車道によってつながっております。この道路のおかげでとても交通が便利になっていますよ。江戸時代には今治城城下町として栄えていたのだ。
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